2010/01/14
中津が生んだ偉人を検証! 福澤諭吉ノスヽメ
過去、多くの大分県の偉人達を紹介してきました。大友宗麟・滝廉太郎…しかし彼ほど有名な偉人は他にいません。
今日は大分県が輩出した、歴史上でも有名な人物・福澤諭吉について勉強します。
その舞台に相応しいのは、やっぱり中津。
『福澤諭吉旧邸』
『福澤諭吉記念館』
「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云へリ」
久々に今日はクイズも用意してみました☆お楽しみに!!

中津市には、通称『福澤通り』と呼ばれるストリートがあるのをご存知ですか?
県道113号線を宇佐方面からJR中津駅との交差点を通り過ぎ、二つ目小学校のある信号を右折します。県道23号線、それが『福澤通り』です。
そこから車で5分程度、海の方へ真っ直ぐに進むと、大きな看板が見えてきますので、迷う事はないでしょう。
中津藩の名残の残る、風情ある通りの脇に一際目立つ瓦葺の屋根。
それが福澤旧邸です。
レストハウスがあり、駐車場も結構広いので、車で行っても困る事はありません。

入り口で入場料を支払うと、左に旧邸、右に記念館が見えます。
まずはやっぱり福澤旧邸からお邪魔する事とします。

見事に手入れされた瓦葺屋根にとりあえず目を惹かれます。
当然平屋ですが、家の中も綺麗にされ、観光客も写真を撮りまくってました。
所々に小さな看板が立てられ、福澤諭吉の細かい生い立ちや、伝説が記されています。

1835年1月10日(天保5年12月12日)大坂にあった中津藩の蔵屋敷で下級藩士福澤百助・於順の次男として福澤諭吉は誕生しました。彼が最初に中津に来たのは1歳6ヶ月の時。実はこの時、父が死去し、帰藩したそうです。以後19歳までこの中津に住むことになります。
実は今あるこの旧邸は、この時のものではないんです。場所はほぼ間違いないそうなのですが、この時は母の実家がここにあったという話です。

旧邸を奥へ進むと何やら倉庫の様な整然とした建物に辿り着きます。
ここには階段が用意され、二階には屋根裏の様な低さの部屋がありました。ここが福澤諭吉が勉学に励んだ部屋だと言われています。
僅か6畳ほどの広さ。大人が立ち上がれないほどの低さですが、当時の面影を良く残し、蛍の光で勉強していたのかな?とつい思ってしまうほどw、その光景が目に浮かびます。

あの福澤諭吉が、読書嫌い・勉強嫌いだったという事は知ってましたか?
14、5歳になってから近所で自分だけ勉強をしないというのも世間体が悪いということで勉学を始めたんだそうです。それでも偉人になれるわけですから、お子様のいる親御さんは、この話を教えてあげるのもよいかもしれませんよw

19歳になった諭吉は、兄の勧めで長崎へ蘭学を学ぶために、渡ります。あっという間に頭角を表し、22歳という若さでその塾の塾長になりました。
そして23歳、藩の命令で江戸へ渡り、藩主の中屋敷で小さな蘭学塾を開きます。
これがあの慶應義塾の最初の一歩という事になるわけです。
ということは…慶応大学は、ある意味中津市のお陰で…ということになるのでしょうか?(笑)話を広げすぎ?w

さて、旧邸を出て、福澤諭吉記念館に行ってみましょう。
外観よりも遥かに広く感じるのは、中に余計なものがなく、壁側に多く展示しているからでしょう。
お陰でゆったりした空間を感じる事ができます。
ここは一階と二階に分かれています。

まずは最初に迎えてくれる一万円札が二枚。なぜ一万円札を展示しているのか?皆さん、もうご存知ですよね。
この一万円札こそ、記番号1号券という世の中に二枚とない貴重な一品。
ん?じゃぁどうして二枚?と思ったあなた、クイズはこんな簡単な問題ではありません(笑)
もう一枚はホログラムが入るようにデザイン変更された際の、新札の記番号1号券ですね。

ではお待ちかねのクイズです。
この福澤諭吉の一万円札の記番号2号券はいったいどこにあるのでしょう?
答えは例の如く、この記事のどこかに隠しておきます。常連さんなら、すぐに気がつくかな?

福澤諭吉は20代後半から、海外を歩き、西洋の思想・勉学を研究します。
多くの偉人達は故郷を離れ、中央で名を馳せる中、福澤諭吉は生涯を通して、中津に良く戻っています。郷土を愛していたというこんなエピソードを紹介します。
明治27年、耶馬渓の競秀峰が売却される事を知った諭吉は、これを買収し、郷土の自然を守ったそうです。

明治5年、福澤諭吉の代表作『學問ノスヽメ』初版が発行。三年後には全14編が刊行されます。
その後政治の世界にも足を踏み入れますが、政変により門下生共々官界から追放。
それでも明治23年には慶応義塾に大学部を設け、これが日本で初めての私立大学、後の慶応大学になるんですね。

明治34年、二回目の脳出血により2/3に永眠した福澤諭吉。
彼の残した功績は計り知れず、現在でももちろん、中学生レベルなら、まずその名前を知らない日本人はいないでしょう。
一万円札を数えるのに、『諭吉○人』とか『諭吉○枚』などと親しみを込めて呼ばれる事を、当時の本人はまず考えなかったでしょうね。

記念館にはまだまだ、「へぇ~」と驚くような、書籍や展示品、そして知られざる彼の姿が残されています。近くに行った際には、是非行ってみて下さい。
新しい一万円札像が見えてくるかもしれませんよ。

福澤諭吉旧邸
福澤諭吉記念館
大分県中津市留守居町586番地
TEL 0979-25-0063
開館時間 8:30~17:00
入場料
高校生以上 400円
中学生以下 200円











