2009/07/07

西寒多神社 お宝の倉庫♪

大分県で神社と言えば、どこが浮かびますか?

宇佐神宮は別格としても、国東・豊後高田方面には有名なものがありますし、各地で地域に根付いた様々な社格のものがあります。

では大分市に限定するとどうでしょう?

春日神社・柞原八幡宮・護国神社・長浜神社…
列挙するとキリがありませんが、今日紹介するのは大分市で観光地としても活躍する神社。

『西寒多神社』

県外の人なら読める人の方が少ないかもしれませんし、県民の方でも大分市外の方なら読めない人もいるのではないでしょうか?

西寒多神社の歴史・魅力の秘密に迫ってみました♪

一応、読めない人のために…西寒多神社は「ささむた」神社と呼びます。
かつては西寒多神社とも表記した、と言われていますが、住所が寒田(そうだ)である事を考えれば、西寒多である事に、確かに違和感も感じます。

西寒多神社が多くの人で賑わうのは、年に何度か行われる神事、年始の初詣だけではありません。
西寒多神社を立派な観光地として有名にしている、最大の特徴は、4月~5月にかけて、境内いっぱいに咲き乱れる、見事な藤の花の存在です。
歴史風情溢れる風景に、緑と紫の見事なハーモニーは、新緑の季節に映え、大分百景の一つにも数えられています。

短命の花の時期を逃してしまうと…残念ながらこういう風景が待っています(笑)
それでもどことなく綺麗な風景に感じてしまうのは、良く手入れされている証拠なのでしょうね。

近寄って良く見ると、見事に大きな木が一本。複雑な形をしながらドッシリと構えていました。
この木は樹齢450年の藤の木。樹高3m・枝張22mという立派な体格。
フジの大木というのは非常に珍しいらしく、昭和49年に大分市の天然記念物に指定されています。

そして入り口付近にもう一つ、西寒多神社の象徴の一つ。
江戸時代末(1862年)に造られたと言われる、万年橋
大分県指定の有形文化財です。

鮮やかなアーチは、圧倒的な存在感で見る者の感嘆を誘います。
もちろん今なお神社の貴重な入り口として利用されていますから、昔の人の技術力にも驚かされますよね。

万年橋を渡ると、その向こうにいよいよ本殿が見えてきます。
社伝によると、神功皇后が三韓征伐からの帰途、西寒多山(現在の本宮山)に臨幸し、その証として山頂に白旗を立て、地元の人たちがこれを崇敬した事が始まりだそうです。
初めて形になったは応神天皇9年(278年)4月ですから、かなりの古社という事になりますよね。
ちなみに、今も山頂にはこの時の旧祠が残り、境内からの登山道もあるのです。

国史の初見は、『日本三代実録』貞観11年(869年)3月22日条の西寒多神に従五位下を授けるという記述。
延喜式神名帳では豊後国唯一の大社に列し、豊後国一宮とされたとあります。
平安時代後期以降、徐々に衰退していくのですが、中世には領主・大友氏の崇敬を受け、応永15年(1408年)3月、大友十代親世公が、現在の位置に移したのです。

本殿の奥にはもう一つ、大分市指定の有形文化財になっている神庫があります。
まるで歴史の教科書に出てきそうな、見事な校倉(あぜくら)造りの建造物。
一度修復の改築を行ったらしいと聞いて、だからこんなに綺麗なのか、と納得しましたが、その時期はなんと明治19年。
既に120年以上経っているのに、このしっかりした建築具合は何なのでしょうか?

近づくと、横木を積み重ねて、角を組み合わせている事が、良く分かります。
文句なしに、小学校か中学校の先生には、社会見学の場所としてお薦めしたいくらいですね。
柱を一切使わずにこれだけしっかりしたものを作り出した、太古の建築技術に脱帽です。

神社の枠を超え、今や観光地としても名高い西寒多神社。
ここだけの話、実はフジの花満開の写真を狙って、我々が行ったのは6月の頭頃でしたw
来年こそは、最高のワンショットを撮る為に、リベンジする事を約束いたします!!

西寒多神社
大分市寒田1644番地
TEL 097-569-4182

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